多発性硬化症における筋トレはBDNFを増加させるか?最新のメタ分析から分かったこと
多発性硬化症患者を対象とした筋トレ単独の効果を調べたメタ分析から、筋トレが脳由来神経栄養因子(BDNF)の増加をもたらす可能性が示唆されました。ただし、その効果は限定的な証拠に基づいており、特に負荷の強さによって結果が異なることが明らかになっています。
研究の背景と目的
脳由来神経栄養因子(BDNF)は、脳の可塑性(学習や適応の能力)を支える重要な物質です。多発性硬化症(MS)の患者では、このBDNFが病気の進行に関連していると考えられています。これまでの研究では、有酸素運動がBDNFの増加に効果的であることが示されていますが、筋トレ単独の効果についてはまだ十分に明らかになっていません。多くの先行研究では、有酸素運動と筋トレを組み合わせた多様な運動プログラムを対象としていたため、筋トレ単独の貢献度が不明確だったのです。
本研究の目的は、多発性硬化症患者に対する筋トレ単独がBDNF値にどのような影響を与えるかを、体系的にレビューし、メタ分析によって効果をまとめることです。
研究方法
研究チームは、2026年1月10日までにPubMed、Web of Science、Scielo、Scopus、PEDro、Cochrane Libraryなどの主要なデータベースを検索しました。対象は、多発性硬化症患者を対象とした筋トレ単独の介入とBDNF値の変化を調べた対照群のある臨床研究です。
研究の質は国際的な標準化された方法(RoB 2.0とROBINS-I)で評価され、得られた証拠の確実性はGRADE方法を用いて判定されました。複数の研究間で方法が異なっていたため、ランダム効果モデルを使用して全体的な効果を推定しました。
研究結果
最終的に、4つの研究(3つのランダム化比較試験と1つの非ランダム化対照試験)が組み入れられ、総126名の多発性硬化症患者が参加していました。介入期間は8週間から24週間で、トレーニング頻度は週2~3回でした。
メタ分析の結果、筋トレは統計的に有意なプラスの効果を示しました。効果量は中程度(SMD = 0.49)で、95%信頼区間は0.15から0.83であり、ゼロを挟まない結果となりました。Hartung-Knapp調整を行った追加分析でも、正の介入効果が確認されました。
しかし、より詳しく見ると、トレーニングの負荷の強さによって結果が異なることが分かりました。低~中程度の負荷を用いたプロトコル(ピラティスベースの筋トレ、バンドやライト級の重りを使用した負荷)を採用した2つの研究では、8週間後に血清BDNF値が有意に増加しました。一方、より高い負荷(最大筋力の約80%)を用いた研究では、機能的な改善は見られたにもかかわらず、BDNF値には有意な変化が見られませんでした。
全体的な証拠の確実性は「低い」と評価されました。その理由は、研究の質に関するリスク、研究間での結果の不一致、そして精度の限界があるためです。
トレーニング愛好者への実践的な示唆
この研究から、筋トレが多発性硬化症患者の脳健康に有益な可能性があることが示唆されますが、いくつかの重要な注意点があります。
第一に、BDNF増加という観点では、むやみに高い負荷でのトレーニングよりも、低~中程度の負荷でコントロールされたトレーニング(ピラティスやバンドを使った運動など)の方が効果的であるかもしれません。これは「より重い重りを持つほど良い」という一般的な筋トレの常識とは異なる視点を提供します。
第二に、この分析に含まれた研究は4件に過ぎず、参加者の総数も126人と限定的です。より多くの、より質の高い研究が必要です。特に、異なる年代、性別、MS の病態ステージ別での効果の差を調べることが重要です。
第三に、BDNF値の増加が必ずしも臨床的改善に直結するわけではないことに注意が必要です。高い負荷のトレーニングでは機能的な向上が見られたにもかかわらずBDNF値が変わらなかった研究もあり、BDNF以外のメカニズムも筋トレの効果に関わっている可能性があります。
多発性硬化症患者のみならず、一般のトレーニング愛好者にとっても、この研究は「運動の効果は単一のマーカーだけでは判断できない」という重要な教訓を与えてくれます。神経健康の向上を目指すなら、多様な強度のトレーニングを組み合わせ、複数の健康指標を総合的に評価することが賢明であると言えるでしょう。





























